ブラジル日本移民史料館

このバーチャル史料館は、実際に訪れたのと同じように、3つのフロアを見学することができます

再生回数 61.800回 (21年12月17日現在)

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操作方法

7階クイックツアー

8階9階クイックツアー

ブラジル日本移民史料館

ブラジル日本移民の歴史に関する最大規模かつ最も豊富な史料を保有しています

開館時(1978年6月18日)、当時の皇太子・明仁親王殿下(第125代天皇)とガイゼル元大統領(故人)

当館が保有している、当時の移民たちが使用していた物品(様々な書類、写真、雑誌、マイクロフィルム、レコード、絵画、家庭用品、作業用品、着物など)は約9万7000点にも及びます。

文協ビルの7、8、9階に位置する同史料館の展示方法を巡っては、明瞭明確で分かりやすく、模範的な史料館であるとの高い評価を得ています。また移民に特化した図書館(3階)には日系社会で発行された新聞を含む何千点もの史料や写真が保管されています。

同館は、日本移民の歴史を残し後世に伝えなければ、と考え行動した初期移民たちの努力の結晶の賜物です。文協は日伯両国で大規模な資金調達キャンペーンを展開し、そこで得た資金をもとに1978年にオープンさせました。

40年経った現在もなお、同館はブラジルにおける日本人移民史を今に伝える重要な拠点としての使命を果たすべく、2018年には、展示施設の大規模な改修および近代化、2019年には新しく研究・教育スペースを追加するなど、常に趣向を凝らして来館者を迎えています。

8階改修工事スポンサー(2018年)
7階改修工事スポンサー(2019年)
斎藤広志記念室オープン(8階/2020年)
梅棹忠雄 日本移民史・文化研究センター オープン(3階/2020年)

移民船 乗船者リスト

足跡プロジェクト

ブラジル日本移民百周年記プロジェクトの一環として、戦前戦後移民23万人の乗船記録を検索できるシステム「足跡プロジェクト」を、100人以上のボランティアの協力を得て作成しました。ただし、戦後の移民においては、入国管理会社を経由せず移民した方もおり、乗船リストに未登録の場合もあるため、お名前が見つからない方もいらっしゃるかもしれません。

 

コレクション

移民たちが当時使用していた日用品や開拓中に書かれた日記、生活の様子を描いた絵画、出版された様々なジャンルの本などは、ブラジル日本人移民の歴史を記録するための重要な史料となっています。

写真

史料館にある約1万枚の写真は、それら一枚一枚が移民歴史の断片を記録する貴重な史料として大切に保管されています。これらを保存するため、現在、写真のデジタル化作業が進められています。

ビデオ

第1回日本移民資料館国際シンポジウム(2020/11)で当館を案内する山下リジア運営委員長

 

2014~17年当時の森口イグナシオ忠義運営委員長およびUSP大学人文科の本山省三教授による当館の説明

7階(2019)および8階(2018)リフォーム

眞子内親王殿下(当時)ご来館 (2018)

スポンサーからのメッセージ:ホンダオートモーベイス・ド・ブラジル・リミターダ/マルコス・アントニオ・ベント・デ・ソーザ氏

covid-19パンデミック対策
「アミーゴキャンペーン」(2020)

お知らせ

ブラジル日本移民史料館 – 年末年始休暇について

日頃より当館へ格別のご愛顧を賜り、厚く御礼申し上げます。誠に勝手ながら、年末年始休暇として下記の日程で休館させていただきます。 31日(金)、2022年1月1日(土)、2日(日)  ブラジル日本移民史料館詳細はコチラ 休館において大変ご迷惑をお掛け致しますが 、何卒ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。良いお年をお迎えください!

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バーチャルブラジル日本移民史料館 オープン! 

バーチャルブラジル日本移民史料館オープン ****************************************************** 【オープン日】2021年4月23日(金)~ 【リンク】www.bunkyo.org.br/br/museu-historico ※リンクから入館する際の入館料は無料 ※現時点ではポルトガル語のみ(日本語や英語は順次対応予定) ****************************************************** 仮想空間に繰り広げられるこの史料館は、実際に訪れたのと同じように、3つのフロアを見学することができるだけでなく、ビデオを視聴したり、足跡プロジェクト※のデータにアクセスしたりすることができます。 ※「足跡プロジェクト」とは:ブラジル日本移民の名簿検索システム。 名前はもちろん、出身地、乗船してきた船の名前、渡伯年月日などの様々な情報から、検索することができます。 サンパウロ州政府による文化政策の一環として サンパウロ州政府が実施したアルジル・ブランク法令によって、同州内の博物館および美術館23施設のうち、当館は活動内容や経歴が評価され4位に入選。 そこで獲得した賞金で市民に提供する文化プログラムの一環として、3D機能、360度の方向、選択した部分のズームイン機能を備えたより高度な技術を駆使したこのバーチャルミュージアムをオープンしました。 ブラジル日本移民史料館運営委員会の山下リジア委員長は「こうすれば、携帯電話、タブレット、コンピューター、ノートブックを使ってインターネットが利用できる場所なら、世界中どこからでも、当館の3つのフロアを訪ねて頂くことができます。」と話しました。 オープン記念イベント この仮想空間における同館のオープンを記念して、以下の映画会、ワークショップ、講演会を開催します。 沢山の皆様のご参加をおまちしております。 <オンラインシネマ> 【日時】2021年4月23日00:00 hから 25日23:59hまで 【リンク】https://www.bunkyo.org.br/br/museu-historico/eventos/ 上映映画:アジア三面鏡2016リフレクションズ 詳細はコチラ→映画『アジア三面鏡2016:リフレクションズ』公式サイト <ワークショップ(折り紙、書道)>

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訃報 本山省三氏 

サンパウロ州立総合大学(USP)教授で、科学史センター理事、ブラジル日本移民史料館館長、サンパウロ人文科学研究所理事長を務めた本山省三氏(二世)が、1月26日(火)午後8時50分頃、自宅でお亡くなりになられました。81歳でした。1月5日に81歳の誕生日を迎えたばかりでした。 夕方になっても、昼寝から起きてこないのを心配し、家族が部屋に様子を見に行ったところ、意識の無い状態で発見されました。救急車で緊急搬送されましたが病院で死亡が確認されました。死因は不明です。 葬儀は翌日27日に執り行われ、ゲッセマニ・アニャングエラ墓地に埋葬されました。 本山・ミズノ・ジュリア夫人との間に2人のご子息(ショウイチさん、シンジさん)そして、3人のお孫さんに恵まれました。 飽くなき探究心 本山氏はサンパウロ大学(USP)にて物理学を専攻(1967年卒業)、1971年には同大学の科学博士号を取得しています。日本の早稲田大学理工学研究室博士研究員(招待研究員)でもありました。1975年には東京大学の宇宙線研究室に在籍しています。1976年にはサンパウロに戻りUSPで無料指導を行っていました。また本山氏は、USPの哲学・文学・人間科学部の歴史学部の教授(1999/2009)として教鞭をとり、ユニット間科学史センターの所長も努めました。 1966年からサンパウロ人文科学研究所(人文研)の理事を務め、2004年から2019年まで会長の職を担いました。それ以外にも ブラジルの日本移民史料館の館長(1991/1997および2008/2009)およびアカデミアパウリスタデヒストリアの議長15番のメンバーでもありました。 執筆活動 今までに、科学技術史をテーマにした32冊以上の本を執筆し、2011年は、第二次世界大戦の到来までの日本の移民の歴史について執筆した「日の出の象徴の下で(Sob o Signo do Sol Levante)」を出版しました。 その後、2016年にジャーナリストのホルヘ・オクバロとともに、1941年から2008年までの日本の移民の歴史を取り上げた「戦中戦後編『対立から統合へ』(Do Conflito à Integração – Uma História da Imigração Japonesa

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追悼 栗原猛氏

去る1月13日に開催した文協理事会において、昨年12月27日午後7時40分に78歳で逝去された栗原猛氏(東京都出身)を追悼する時間を設けました。 石川島ブラジル造船所(略称イシブラス) の出向社員として 栗原氏は明治大学を1965年に卒業後IHI(石川島播磨重工業)に就職、1985年にはリオ・デ・ジャネイロに現地政府当局とIHIの出資による日本・ブラジル合弁の造船・重工業会社「石川島ブラジル造船所(略称イシブラス)」へ出向、1994年にIHIがブラジルから撤退するまで現地で勤務しました。1998年からは、サンパウロのIHI事務所所長として働き、そこで定年を迎えました。その間、妻のヨウコさんとはサンパウロで結婚式を挙げています。ブラジルと日本の両国を常に往来する人生で、日伯交流にも尽力されました。栗原氏はブラジルに長く暮らしていたにもかかわらず、常に日本の上級幹部職者のような雰囲気を醸し出し続けていました。トレードマークでもある上品な白い頭髪と白いあごひげが、それを強調していたと言えます。また常に控えめな態度であるにもかかわらず、誰からも一目置かれる人物でした。 一人息子であった栗原氏は、100歳の母親の介護にも熱心でしたが、とうとう自分自身の体調を崩され4年ほど前から、熊本県にて治療を受けていました。 文協と栗原氏 理事会では、文協において栗原氏と最も多く行動を共にした中島事務局長より、文協での栗原氏の活動の様子が以下の通り語られました。 「栗原氏が文協の活動に加わったのは2004年のことで、当時のサンパウロ新聞社社長で、強力な文協会員だった水本ヘレナ氏が推薦、そして当時の松尾治副会長からの紹介がきっかけでした。推薦理由としては、栗原氏は文協の多岐におよぶ日本語での事務作業における強力な助っ人となってくれるだろうということでした。実際、日本語での文書作成や日本の関連機関との連絡、そして主に当時の文協会長であった上原幸啓氏の心情を日本語の挨拶文に翻訳する作業に携わり、期待以上の活躍をしてくれました。特に、2004年、日本国の小泉純一郎内閣総理大臣が来伯された際に、大変力になって下さいました。このように、日本からの要人の受け入れ時はもちろん、在伯の大使館や領事館、JICA、国際交流基金などとの連絡窓口としての役割も果たして下さいました。 また、上原会長の第二期目(2005-2006)に、会長より会長顧問に任命されました。 それ以外にも、日本政府による叙勲受章者祝賀式、新年祝賀会、天皇誕生日祝賀式典、ブラジル日本移民開拓先亡者追悼大法要などの式典にも携わりました。2005年の文協創立50周年記念における様々な企画と運営、そして文協図書委員会が主催する古本市をはじめとする、様々な委員会への協力、また本人の趣味もかねて、にっけい文芸委員会や音楽委員会などは特に積極的に協力してくださいました。 上原会長(2007-2008)の第3期目に、会長顧問を務めるだけでなく、ブラジル日本移民史料館運営委員長にも就任しました。2008年に、ブラジル日本移民百周年記念式典にご臨席されるためご来伯された徳仁皇太子殿下(当時)が同館をご視察された際には、館内をご案内するという大役もこなされました。 ブラジル移民百周年を記念するために組織された「ブラジル移民百周年記念協会」の執行委員長に松尾治氏が就任して以来、栗原氏は松尾氏の良きアドバイザーとして存在感を示しました。同時に、5巻におよぶ「ブラジル日本移民百年史」を手がけた移民百年史日本語版編纂刊行委員会にも多大な協力をして下さいました。」と語りました。  百周年時に、栗原氏と共に史料館の運営に携わった現ブラジル日本移民史料館運営委員会の山下リジア委員長は「徳仁皇太子殿下(当時)や小泉純一郎内閣総理大臣などの重要な方々のご案内をはじめ、ブラジルを拠点とする日本企業の幹部との関係を築き、重要な財源を史料館に齎してくださいました。」とその活躍ぶりを強調しました。そして「百周年記念事業の一環として栗原氏と共に立ち上げた『足跡プロジェクト』が大変印象に残っております。12年経った現在もこのプロジェクトは多くの方々に利用されており、同館の重要な活動のうちのひとつです。」と話しました。 合わせて、「このように栗原氏が2004年以来、なぜここまで献身的に文協の活動に携わったのかと言えば『コロニー=ブラジル日系人社会』の一員として初めて歓迎された文協事務局との連携を継続すべきだと確信していたからです」と中島事務局長は付け加えました。 また、栗原猛氏は、2014から2016年まで、サンパウロ人文科学研究所(人文研)の理事も勤めていました。 2013年には、ブラジルのアマゾン、リオデジャネイロ、サンパウロ、およびブラジル以外の国々において、自身が若い頃の回想録を、万葉集から選んだ一言を使用し「あらたしき 日伯断想」という題名の書籍を発行しています。栗原が「自分はブラジルのすべての州を知っている」とよく自慢していたことが、つい昨日のことのように思い出されます。 文協の活動を深く理解し、献身的にご協力下さった栗原氏に心より感謝の意を表し、ご冥福をお祈り致します。

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JICAより大型スキャナーを借用-ブラジル日本移民史料館

邦字紙デジタル化等推進 のため 去る2020年10月28日、 サンパウロ市の文協ビル内でにて、JICAブラジル事務所とブラジル日本移民史料館との間で、ドイツ製図面製本スキャナーOS12000の「貸与式」が行われました。 これに JICAブラジル事務所からは佐藤洋史所長が、文協からは石川レナト文協会長、 山下リジア玲子移民史料館運営委員長 、西尾ロベルト義弘同副委員長が出席しました。 佐藤所長は「 JICA は以前から日系移民史への連携支援を行っており、史料の収集や保存、展示にも協力してきました。今回、貸与したこのスキャナーを使ってブラジル日本人移民の功績を後世に遺していただきたい」と、貸与の理由を語りました。 急がれる史料のデジタル化 同史料館には、1916年にブラジル初の邦字紙「週刊・南米」から、現在にいたるまでの莫大な量の邦字新聞や雑誌、刊行物が収蔵されています。 史料の中でも印刷物は特に劣化が激しく、現物に触れなくても内容が閲覧できるようにデジタル化することが喫緊の課題となっていました。 しかしながら、邦字紙や大判の雑誌などはサイズが大きく、市販のスキャナーではデジタル化が不可能でした。 それが、今回の高価な大型高性能機材で、ようやく可能となりました。 同館はJICA よりこの機材を5年間借用し、史料のデジタル化を早急に進めていく予定です。 石川会長は「このスキャナーを大いに活用して、日本人移民の歴史をしっかりと後世に残そうと思います。本当にありがとうございます」と深謝しました。 山下運営委員長も「このような高性能スキャナーを貸していただき本当にありがたいです。今まで以上に史料の保存が促進されます。」とお礼を述べました。 写真/文 ニッケイ新聞より

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史料館「友の会」

史料館「友の会」の会員を募集しています!
お問い合わせ: museu@bunkyo.org.br

会費について

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法人会員入会申込書

販売

作成中

お問い合わせ

PLANO ANUAL 2021

当館は新型コロナウイルス感染防止策を徹底した上で下記の通り

住所:Rua São Joaquim, 381 , Liberdade ,São Paulo , SP
文協ビル3階–史料館事務所 , 史料館図書館
文協ビル7・8・9階– 常設展示場 

常設展示場運営日時:火~日曜日、午後1時~午後5時
          ※現在9階は工事中

入場料:
大人 :16レアル
学生(学生証提示のこと):8レアル
5〜11歳の子供:8レアル
60歳以上:8レアル
案内付見学:150レアル
(要予約/1グループ50名まで/所要時間約60分/火~金曜)
※水曜日は無料

 業務を再開しています。

 

 

史料館図書館 / 史料館事務所運営日時:月~土曜日、9時~17時

*書籍は閲覧室で閲覧ください。(貸出不可)
 図書館の書籍及び史料の閲覧は事前申込が必要です。
メールに閲覧希望日時を記載し、送付してください。
同じく資料調査室利用希望の場合も、事前に研究プランあるいは見学希望内容を記載し、メールにて申し込みください。

お問い合わせ: (11) 3209-5465 ou 3208-1755 (ramal 117)
メール: museu@bunkyo.org.br

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